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大阪家庭裁判所 昭和47年(少ハ)2号 決定 1972年7月13日

少年 M・J(昭二六・九・四生)

主文

本件収容継続申請事件はこれを棄却する。

理由

1  本件申請の理由の要旨

奈良少年院長の本件収容継続申請の理由は大要次のとおりである。

すなわち、

(1)  本人は昭和四五年一一月一八日大阪家庭裁判所において、傷害、脅迫、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件につき中等少年院送致の決定を受け、同月二〇日奈良少年院に入院した。

(2)  その後本人は別紙一覧表(1)ないし(8)欄記載の紀律違反行為を反復し、ために昭和四六年九月二日少年院法一一条一項但書により院長権限をもつて同年一一月一七日までその収容を継続された。

(3)  さらに奈良少年院長は昭和四六年一一月八日少年の上記院内経過ら同人が(イ)きわめて情緒不安定であり、前後の見境いなく衝動的なかつ組暴な行動に出やすく、虚勢的、ボス的で他人と摩擦を起し勝ちであるなど非行に結びつく性格の矯正が未完であること、(ロ)当時の処遇段階は二級上であつて満期(昭和四六年一一月七日)の時点でも一級上に到達は不可能で退院条件を欠くことなどを理由に出院後の三ヵ月の保護観察期間を含め上記満了時から八ヵ月間の収容継続を申請したところ、同月二五日大阪家庭裁判所裁判官により翌四七年七月一七日まで収容を継続する旨の決定がなされた。

(4)  しかるにそののちの少年の行状は別紙一覧表(9)ないし(11)欄のとおりで相変らず紀律違反行為が続き(3)(イ)記載の少年の性格、行動傾向についても未矯正であり、現在の院内における本人の処遇段階は一級下で前記決定された収容期間満了時には最高段階の一級上に達しえず、出院準備教育も充分になしえないうえに本人の性格、入院前の経歴、退院後帰るべき地域、環境などを考慮すると、なお同年一二月三一日まで継続して収容し、教育、指導をする必要がある

というものである。

2  当裁判所の判断

(1)  前回収容継続決定後の本人の院内における紀律違反行為についてみるに、まず本人が別紙一覧表(9)欄のいれずみおよび額の毛抜きをしたのは昭和四六年一〇月初旬のことであり、また上記行為の結果は外形的には容易に知りうるものであること、とりわけ本人においてこの反則行為を秘匿していた情況は窺われないことが認められ、これらのことおよび本件審判廷における本人の陳述によれば現場の教官あるいは少年院側は遅くとも同年一一月二六日(本人が一級下に進級した時)にはこの事実を知つていたことが推認される。

なるほど院内における反則行為に対しては、院内の審査会の審査を経て適切な処置が構じられるものであるから、精確な事実、動機ならびに態様などについて調査を遂げなければならず、事案いかんによつては相当の日時を要する場合のあることは否めない。しかし前認定のように、このいれずみ、額の毛抜きについてはその内容のみならず、方法、動機などに関しても迅速に調査を終え、院内の審査はもちろん、先述の第一回の収容継続申請事件の審判時にその判断を受けることが可能であつたものである。

とするとこの審判の終決以前に審判の対象となしえた前記(9)欄の紀律違反行為は本件審理の対象から除外するのが相当である(審判後に送致された余罪非行と同列には論じえないものと考える)。

次に別紙一覧表(10)欄の口論、暴行および同(11)欄の傷害については少年院の申立てどおりであること、ただ被害者A少年の全く任意の申し出があつたかは疑問が残るものの、本人がAの意思に反して強制的に「ショウチュウ(後から首を締めること)」をかけたものでないことが認められる。

(2)  上記口論、暴行、傷害時および現在の本人の性格ならびに行動傾向は、洞察力に乏しく、衝動的で激昂しやすく、爆発的行動に走り易い点は程度、頻度の差はあれ前回収容継続決定までの同人の行動傾向の延長ということができ、この点は未だ十分に矯正されていないものといわなければならない。

しかし、他方本人は院内では年長者であり、在院期間が長いため周囲の少年達から祭り上げられているところが窺われる。そして表見的にはそう見えることがあつても必ずしも、そのことの故に本人が虚勢的、ボス的行動をとり、あるいは院内で派閥形成とその対立を醸成する活動をしているわけではない。さらに、本人は数次の紀律違反行為によりその都度反省の機会を与えられ、前記収容継続決定前に比較すると、ある程度の内省力が備わり、自己の性格あるいは現在置かれている状況を自覚し、自分の粗暴な行動を抑制すべく努力している跡があり、またこのような生活態度が定着しつつある。就中、本件の傷害に至つた行為については、軽卒でかつ重大な結果を紹来したやも知れない行動であつたことに驚き、本人なりに自重すべく努力していたことが、この汚点のために水泡に帰すのではないかと思い煩うなど、本人にとつては相当の衝撃で、本人自身重大な反省に迫られた様子が認められる。本件審判廷における本人の態度も、まだ少年らしさを多分に残しながら、二〇歳という年齢のせいか、不充分とはいえ落着きを見せていた。

(3)  父と姉、兄は本人の出院を強く希望しており、出院後の本人の監督、指導の意欲は十分あるが、その能力はというと今一歩の感が強い。しかし同人らと本人との関係は従来から決して悪かつたわけではない(特に母親がわりである姉とは良好)から、本人が今ここで父らに迎えられ、家庭の暖かさに触れることにより、現在見受けられる落着いた生活態度を維持する可能性も否定できない。

さらに、出院後の就職についても、かつて勤務したことのある職場が用意されていて、本人にとつても未知の就労環境ではなく、雇傭主も本人の過去を知つたうえで監督、指導の労を惜まない旨申し出ている状況である。

(4)  叙上の本人の性格、行動傾向などの現況に鑑みると、いまなお暫く少年院において矯正教育を受けさせる余地はあり、またある程度の矯正の成果を挙げうることも認められる。そして矯正の重点が、現在徴の見える本人の自省的傾向をさらに促進させ、良好な生活態度を押し進め、習慣化し、衝動的な行動への傾斜を制御する方向に置かれるものと推察される。

しかし、他方前述のように良好に経過しつつある本人の現況は、一つには本人の年齢の上昇に伴う精神的成長の一面であると把えることもできるもので、とすれば、本人にとつて出院は一つの転機であり(本人にそのように認識し、利用するだけの構えはある)、出院後の家庭と職場における円滑な受容と指導体勢のあることにより、本人の現在の姿は大きな破綻を見せず、固定化していくことが、相当の確実性をもつて、予想される。ところで、本件の場合家庭と職場の指導、監督の準備は十分なものとはいえないが、それぞれその意欲はあるのであるから、互いに工夫をこらし、補完し合うことによつて本人の更生に十分役立つものと認められる。

(5)  以上要するに、本人の資質矯正は未完であるが、本人の年齢とその現況、および出院後帰るべき家庭、就労すべき環境などの諸事情を勘案すると、本人をなお継続して少年院に収容して矯正を加える他はないものとは認め難く、収容継続の必要性はないものといわなければならない。

よつて奈良少年院長の本件申請は理由がないので棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岩谷憲一)

別紙

処分年月日

紀律違反行為

処分

備考

(1)

45・12・26

(いれずみ)

他少年のいれずみを見て入れたくなり居室内便所の中で名札用のピンを用いて右口唇附近にホクロのようないれずみをした。

謹慎3日

減点3点

(2)

46・1・6

(額の毛抜き)

(1)により謹慎中単独室で額全面にわたり毛抜きをした。

謹慎3日

減点3点

(3)

〃・3・3

(新入生圧迫)

1月中旬から下旬にかけて不良グループ二・三名と共に真面目で温和しい少年二・三名に対し数回圧力をかけ肌着等を洗濯させた。

謹慎5日

減点5点

46・4・1

二級上へ進級

(4)

〃・4・7

(自傷、わいせつ行為強要)

四月一日夕食事に席をまちがえたことを皆に笑われ、これに立腹し、のち四月五日夜、ひそかに入手していたガラス破片を用いて自己の右頬に約四糎の傷をつけ単独室収容、単独室に在室中ガラス破片を用いて、自己にかかわりのない他の少年のことに興奮し、自分の手の甲に約五糎、左腕に約一糎の自傷をし、新入生を自己の布団に入れ、自分のマスターベーションをするよう強要した。

謹慎20日

減点20点

二級下へ降級

(5)

〃・4・21

(ガラス破壊)

四月九日午後(4)により単独室で謹慎中、同室の窓ガラス四枚を手挙で割る。面会に来た父姉にすまないという気持と、自分についてのなさけなさに興奮してたもの。

謹慎15日

減点15点

5・10~6・1

夜間単独処遇

(6)

46・6・4

(いれずみ)

五月九日ごろ(5)により謹慎中、用事を申し出て廊下に出た際、ピン付名札を室内に持ち込みピンと鉛筆の芯を用いて左手甲にホクロのようないれずみを入れたもの。

謹慎5日

減点5点

(7)

〃・6・29

(ガラス破壊)

他少年との本の貸借をめぐり、同少年の態度が気に入らないということで、手挙で居室の窓ガラス二枚を割つた、

謹慎15日

減点15点

8・1

二級上へ復級

(8)

〃・8・11

(陰部への玉入れ、いれずみ)

名札ピンで陰茎亀頭部に穴をあけ、歯ブラシのかけらを玉にしてはめ込もうとしたが果さず、さらにのちガラス片で穴をよくあけ玉をはめ込んだ、またいれずみをした。

謹慎10日

減点10点

9・2

少年院法11条1項但書による収容継続決定

11・16

一級下に進級

11・25

大阪家裁の収容継続決定

(8)

〃・11・29

(いれずみ等)

一〇月初旬左手薬指内側に入院前本人が所属していた暴力団の名前をいれずみした。額の毛抜きをした。

謹慎7日

減点7点

47・3・16

一級上進級

(10)

47・4・12

(口論、暴行)

他少年と口論し、立腹して金属製椅子を投げつけた。

謹慎10日

減点10点

4・19

謹慎残日数免除昼夜間単独処遇

4・25

夜間単独処遇

6・1

一般寮に復帰

(11)

〃・6・14

(傷害)

六月一〇日寮の廊下において、いやがるA少年に対して「ショウチュウ」と称して後から首を締めたため、のちに手を離した時同少年が前に卒倒し唇の下二針縫合する傷害を与えた。

謹慎20日

減点40点

一級下に降級

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